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アバドとベルリンフィル、新しい時代の幕開け(1990)

 1990年は激動の年でした。東西ドイツの統一と、それに関連する記念碑的な演奏会数々。クーベリックがプラハの春で演奏した「わが祖国」。一方、チャイコフスキーコンクールでは諏訪内晶子さんが、日本人初で、しかも最年少で優勝、などなど。そんな中で、ベルリンフィルの芸術監督に就任したアバドを取り上げます。

 カラヤン亡き後、アバドに決まるまでの間、いったい誰になるのだろうという話題がクラシック音楽ファンの間で盛り上がっていました。私はきっとバレンボイムかマゼールあたりかな、と思っていました。当時、アバドはウィーン国立歌劇場の音楽監督でした。きっとオペラ好きだろうから、オペラがあまりできないベルリンフィルには行かないのではないか、と予想していました。ですから、アバドに決まったときは大変驚きましたし、また打診があったときに二つ返事で承諾した、なんてとても信じられませんでした。

 「アバド・イン・ベルリン」というドキュメンタリー映像があります。昔LDで出ていたはずですが、今はどこを探しても見当たりません。封印されてしまったのでしょうか。しかし、これは非常に興味深い映像作品です。「独裁者」から「民主的なリーダー」に変わり、楽員たちも戸惑いながらも、徐々に信頼を深めつつ、一緒に音楽を作り上げていく様子がマーラーやブラームスのリハーサル風景を交えてうまくまとめられています。

 カラヤンとの違いを如実に示すような場面もいくつか出てきます。例えばカラヤン専用だった指揮者の控え室を、客演指揮者にも開放しようと持ちかけてみたり、リハーサルの休憩中にカフェテリアで食事をとる楽員の輪の中に自ら進んで入っていって、同じテーブルで皆と談笑したりする様子が写し出されます。また、現代音楽のリームの作品のリハーサルでは皆の前で、自分の振り間違いを自ら認める発言をする、というような謙虚な一面なんかも出てきます。

 アバドに決まったのは確か1989年の暮れごろで、正式に就任したのが1990年のはずです。世界の情勢の変化と同じくして、これからクラシック音楽界の勢力図も大きく変わっていくのだな、印象づけた出来事でした。その後、ジルヴェスターコンサートにテーマがが設定されたり、ヨーロッパコンサートが始まるなど、いろいろな新機軸が打ち出されていくことになります。

 就任発表直後の演奏 正式に就任した時の演奏 同年にウィーンフィルとも
   
 
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